私が函館に移住を決めたわけ

私は、若い時から定年後は夫婦で自然の中で家庭菜園や釣りでもしたいという漠然とした夢を持っていた。

それは、東京の生活を嫌いとか不満が有る訳では無く、東京は仕事のするところと思っていたからだ。

元同僚達は定年退職後、再就職している人は多いが、私は定年後の再就職はしないと決めていた。

愛する愚妻も了解済みで、もう少し働いてほしいというような人なら事情は違っていたかもしれない。

それに、私には東京に在住する二人の息子がいるが、移住に反対されなかった事、横浜に住む姉も羨ましいとの話も後押しした。

私も愛する愚妻も、両親が共に亡くなっていて、そもそも移住の計画のハードルは低いと思える。

東京は、交通、文化、医療、仕事などすべてが揃っていて魅力的な街だ。

どんなリクエストにも答えてくれる便利さが有る。

例えば和太鼓教室へ通いたい、テニススクールに通いたい、などとネットで検索すれば訳なく調べられる。

それも近場でだ。

だが、その便利さはお金で解決できる便利さで、のんびりとか、ゆったりとか、ほのぼのとかはお金では買えない。

そんなわけで,定年前1年、定年後半年、都合18ヶ月をかけて移住のための下見旅行を始めた。

条件は、温暖で家庭菜園の出来るところ、釣り、ゴルフ、自然豊かで出来れば知り合いが一人でもいるところ。

それに基礎疾患の有る私は、そこそこの総合病院の有る所か、近い所がいい。

最初は静岡県から始まって、群馬県、長野県、愛知県、滋賀県、兵庫県、九州、四国、それと北海道などへ行った。

それぞれに知り合いが居るところもいない所も有ったが、当時、私は淡路島が気に入った。大阪、神戸が近い、四国の鳴門が近い、ロケーションがいい、住まいもそれほど高くはなかった。

温泉も有るが、温泉は必須の条件ではではない。

温泉は成分の違いが有っても日本中に有るからだ。

東京にも黒い色の温泉が出る。

私が住まいしていた大田区にも温泉の銭湯などが何ケ所かはあった。

淡路島は愛する愚妻の反対にあった。

病院が遠すぎる、食べ物が合わない、地震の過去が有る。

確かに私の条件では本当の田舎は無理で、せいぜい地方都市位な事が分かる。

その辺りから主導権は愛する愚妻に移ったような感じがする。

地方都市となれば、ゆかりのあるところ位しか考えつかない。

函館旅行に来た時に、愛する愚妻が真っ先に行ったところは弥生小学校。

彼女は卒業生だ。

懐かしむ姿を見て、まあ私もこれまでかと観念した。

私は寒さにはめっぽう弱い、北海道は寒い。

しかし、已むおえない。

函館に決めた瞬間だ。